島根有機農業協会ブログ

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食の練習問題 №22

2010年3月10日

Q:有機農業に取り組む農民は、どのような中で生産し、生産した農産物をどのように販売し、収入を得ていたのですか。また、消費者はどのようにして生産者から農産物を手に入れたのですか。

A:有機農業に取り組んで3~5年程度の転換期間が過ぎると、生産も軌道に乗るようになっていきます。とはいえ、基本が多品目少量生産の自給的農業であるため、量的にはまとまらず、見栄えが悪く、大きさも不揃いであったため、一般市場では全く扱ってもらえませんでした。したがって、まず自分で食べ、それ以上の生産物は、知り合いに配るか、買ってもらう。あるいは、自分で売り歩くか、自然食品店に置くしかありませんでした。
一方消費者は、少しでも安心できる食べ物を個々に選択していても食生活全体をカバーすることは難しく、限界があった。そこでグループを作り、有機農業を目指す生産者と交流する中で、双方が成り立つ方法が話し合われることになった。多くの消費者グループは、生産者が継続できる価格の設定、減収に対する保証金、生産物の全量引き取り等によって支える方式をとっています。
日本有機農業研究会の指導、実践の過程においても明らかになったのは、生産者と消費者との「提携」と呼ばれる"支えあい"の必要性であった。この日本の運動が生み出した方法は、生産者と消費者の関係が、既存の流通組織を介在させず直結し、お互いの信頼関係に基づく有機農産物特有の生産・流通システムであった。それは、単なる物の売り買いの関係ではなく、信頼の上に立った相互扶助を目的とする人と人との支えあいの関係を表現する言葉である。この考え方は、世界の有機農業運動の中で、日本独特の方式として評価されており、アメリカで近年盛んになっている「CSA(コミュニティ・サポーテッド・アグリカルチャー)」などもこの方式を採用しています。
 これらの活動は、生産者にとっても消費者にとっても大変な努力を必要としました。とりわけ、生産者達にとっては、消費者との交流の場面では、楽しく交流できたとしても、村や集落では孤立し、行政や農協更には周辺農民の敵視の中で、戦い続けなければならない状況が続きました。近くに志を同じくする仲間が一人でもいれば心強いでしょうが、孤立した生産者が多数存在しました。今日まで生き残った生産者は、多くの経験の中から新しい有機農業技術を定着させていきました。